南大門とはどんな場所?

漢城と呼ばれた城砦壁都市であったころのソウルには、門が4ヶ所あったが、最も規模が大きいのが南大門だった。一般的な懸板とは違い懸板が縦で書いてあったが、これは火気を阻むため、風水地理的に考えられてのことだ。正式には崇礼門というが、愛称の南大門の名で呼ばれることが多い。
南大門はソウルのほぼ中心の位置する。1395年に李王朝によって建築が始まり、完成は1938年。1448年と1479年の二回にわたって大きく改築され、二階建ての大きな門となった。南大門は、豊臣秀吉の朝鮮出兵や、清国が侵攻してきた丙子胡乱、朝鮮戦争などでも消失を免れたことでも知られる。
ソウルのシンボルであった南大門の消失は、ソウル市民だけでなく、韓国全土に大きな衝撃を与えたようだ。南大門の跡地では、白い菊や百合を手向ける人々が現在も後を絶たないという。韓国の東亜日報では「子孫に顔向けできない」という記事が掲載されるなど、大変な問題になっている。

Comments closed.